瀧原宮の参道。冬。左右の杉のあいだを、砂利道がまっすぐ奥へ伸びている 同じ参道。早春。手前に袴をまとった大杉が立ち、道は奥へ続く 同じ参道。新緑のころ。木漏れ日が道に落ちている 同じ参道。秋のはじめ。大きな杉の幹の向こうに道が続く 同じ参道。晩秋。道の先が明るく開けている
1月3月5月9月11月
同じ参道を、9年ぶんのブログから5枚。夏にこの道の写真は1枚も無く、その季節は川と苔ばかりでした。

たきはらのみや

瀧原宮

皇大神宮別宮

倭姫命が心を惹かれた地、瀧原。
そこには大御神の遙宮(とおのみや)。

まっすぐな参道を歩く。
ただそれだけで、心があらわれていく。

── 伊勢志摩めぐり、2013年の頁より

この二行は、2013年からここに置いてあります。一度も書き換えていません。

一番のおすすめポイントは、写真にある通り、まっすぐに伸びる参道。
この道をただまっすぐ歩くだけで、心が和んでいくんです。
ただ歩くだけでいいんです。

── ブログ「毎日、5秒の癒しのひととき」11月18日

六年あいだが空いて、ほとんど同じことを書いています。

お参りには、順番があります

看板に書いてあります。読める形で写してきました。

参道脇の木の立て札。「瀧原宮から順にお参り下さい」と書かれ、瀧原宮 一、瀧原竝宮 二、若宮神社 三、長由介神社(川島神社)四、と順番が並んでいる
参道脇の案内板/ブログ 2月
順社格
一瀧原宮たきはらのみや皇大神宮別宮
二瀧原竝宮たきはらのならびのみや皇大神宮別宮
三若宮神社わかみやじんじゃ瀧原宮所管社
四長由介神社ながゆけじんじゃ瀧原宮所管社

四番目に(川島神社)と添えてあるのは、長由介神社と同じお社に一緒にお祀りされているからです。だから四番までしかありません。

一番目は内宮と同じ天照大御神、二番目は荒御魂。2013年のこの頁に、そう書いてありました。

確かめたもの(出典と日付)
順番=上の写真の看板そのもの(ブログ 2018年2月15日)。
社の格・読み・御同座=神宮会館「125社まいり」13コースの表(jingukaikan.jp/125mairi)と 伊勢神宮公式(isejingu.or.jp)/2026年8月15日 取得。

参道のこと

参道の杉を見上げた写真。高い幹のあいだから空がのぞき、木漏れ日が差し込んでいる
ブログ 11月

この木漏れ日のことを、ブログにはこう書いてありました。「優しい、優しい、ひかりです」

苔に厚くおおわれた大木の幹。奥に白木の社殿と玉砂利が見える
ブログ 8月

御手洗(みたらし)

参道の途中から、川へ降りられます。

参道の脇を流れる浅い川。透きとおった水の底に石が見え、両岸に苔むした岩がある
御手洗場/ブログ 10月

「なぜか、この神宮の御手洗には必ず寄ってしまいます」(12月)。9年ぶんを並べると、この川の一枚が何度も出てきます。

お社

白木の社殿と鳥居。手前は玉砂利、まわりを杉の木立が囲んでいる
ブログ 5月
木漏れ日の中の紅葉。黄と赤の葉が数枚、青空を背にして光っている
ブログ 11月

伊勢志摩に、名の通った紅葉の場所はほとんどありません。それでも参道を歩いていると、ぽつぽつときれいなのが見つかります。

行き方

車で行くのがおすすめです。公共交通だけだと、少しきつい場所です。

住 所
三重県度会郡大紀町大字滝原字宮野872(〒519-2703)
車 で
伊勢神宮 内宮から 約35分
公共交通
JR紀勢本線「滝原」駅より 徒歩15分
次の遷宮
令和16年(2034年) ─ 第63回神宮式年遷宮の、別宮での遷宮
Googleマップで開く
この頁の日付と、写真のこと
車の所要時間・地図の位置=Googleマップ/2026年8月16日 確認。混雑や道路の状況で変わります。
遷宮の年=伊勢神宮公式「第63回神宮式年遷宮 行事日程」(isejingu.or.jp)/2026年8月5日 取得。
住所・公共交通=以前のこの頁(2013年)から引き継いだもの。

写真:伊勢志摩めぐり
上の5枚(参道の入れ替わり)の撮影日:1月の札=2012年1月22日/3月の札=2017年2月27日/5月の札=2016年5月5日/ 9月の札=2014年9月8日/11月の札=2017年11月12日。
本文のほうの写真の日付は、ブログに出た日です。

近くにあるお社

すぐ近くに、日本で唯一「頭」の名がつく神さまをお祀りする頭之宮四方神社(こうべのみや)があります。ブログで2014年から何度もすすめている場所です。頭がよくなりたい人にも、頭の調子が良くない人にも、と。

関わりのある、ほかの別宮

こちらは近くではありません。それぞれ車で行く距離があります。

倭姫宮皇大神宮別宮/伊勢市 ※瀧原宮からは離れています 伊雑宮皇大神宮別宮/志摩市磯部町 ※瀧原宮からは離れています